東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9711号 判決 1980年11月26日
原告 東洋建物株式会社
右代表者代表取締役 阪上和俊
右訴訟代理人弁護士 花岡隆治
同 猿山達郎
同 向井孝次
同 中川隆博
同 山田忠男
同 齋藤晴太郎
右中川訴訟復代理人弁護士 沢田訓秀
被告 株式会社長谷川工務店
右代表者代表取締役 水上芳美
右訴訟代理人弁護士 千賀修一
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物の五階五〇一号室の風呂設備の瑕疵(浴槽が左右反対に取り付けられているという瑕疵)を修補せよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金八二〇七万七五〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月二〇日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物について別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載の工事瑕疵部分の修補及び同表(二)記載の工事未施行部分の工事をせよ。
仮に、被告が右修補及び右工事をしない場合には、被告は、原告に対し、右履行にかえて金一億三六六九万四四四八円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 高松不動産株式会社(以下「高松不動産」という。)は、被告との間で、昭和四七年七月二一日、高松不動産を注文主、被告を請負人として、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の新築工事請負契約を次の約定で締結した。
(一) 代金 金三億三五〇〇万円
(二) 完成期限 昭和四八年三月二〇日
(三) 引渡時期 完成の日から一〇日以内
(四) 履行遅滞違約金 完成引渡が遅滞したときは、遅滞日数一日について請負代金の一〇〇〇分の一の割合による違約金を支払う。
2 原告は、高松不動産から、右請負契約における注文主たる地位を承継した。
3 被告の原告に対する本件建物の完成引渡は、昭和四八年一一月一九日であり、約定の履行期より二四五日遅滞した。
4(一) 本件建物には、別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載の工事瑕疵部分及び同表(二)記載の工事未施行部分が存する。
(二) 右工事瑕疵部分の修補及び右未施行部分の工事に要する費用は、別紙工事内訳明細表記載のとおりであり、合計金一億三六六九万四四四八円である。
5 よって、原告は、被告に対し、本件建物の完成引渡の遅滞に基づく約定違約金八二〇七万五〇〇〇円(遅滞日数二四五日に請負代金の一〇〇〇分の一にあたる金三三万五〇〇〇円を乗じた金額)の支払ならびに民法六三四条に基づき、第一次的に別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載の工事瑕疵部分の修補及び同表(二)記載の工事未施行部分の工事施行を求め、第二次的に右工事を被告が施行しないときは、それに代わる損害賠償として金一億三六六九万四四四八円の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3の事実は否認する。本件建物は、昭和四八年八月一日には完成していた。
3 同4(一)の事実について、別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載の工事瑕疵部分のうち、1、2、4、6ならびに3のうちの五階内部壁工事及び同階五〇一号室の風呂設備の瑕疵は認め、その余は否認する。
同表(二)記載の工事未施行部分は否認する。これは、本件建物新築工事請負契約に含まれていないものである。
4 同4(二)の事実は否認する。
三 抗弁
1 和解
(一)(1) 被告は、原告に対し、昭和四七年七月五日、本件建物の敷地購入代金のうち金一億一〇〇〇万円を貸し渡した。
(2) 原告は被告に対し、昭和四八年三月三〇日に本件建物工事代金三億三五〇〇万円及びその延べ払い金利金八八八万三〇〇〇円を支払うこととなっていた。
(3) ところが、原告は、昭和四八年八月に至るも右(1)(2)の債務の弁済をしない。一方、被告は、本件建物の完成引渡を遅滞していた。
(二) そこで、原告と被告との間に、昭和四八年八月二七日、次のとおり和解が成立した。
(1) 被告は、原告に対し、本件建物工事代金につき昭和四八年三月三一日以降の金利を免除し、追加工事(第一、二回)の代金額につき、見積りは約金五〇〇〇万円であるが、これを減額して金三一一〇万七〇〇〇円とし、原告は、被告に対し、昭和四八年九月末日限り、右(一)(1)の貸金一億一〇〇〇万円及びこれに対する同日までの利息金一〇〇一万円、本件建物工事代金三億三五〇〇万円及びこれに対する同年三月三〇日までの延べ払い金利金八八八万三〇〇〇円ならびに追加工事(第一、二回)の代金三一一〇万七〇〇〇円、以上合計金四億九五〇〇万円を支払う。
(2) 原告は、本件建物の完成引渡の遅滞による違約金及び本件建物工事の瑕疵(別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載の1、4、6の瑕疵)についての請求権を一切放棄する。
2 瑕疵修補
原告は、別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載の工事瑕疵部分のうち2及び3のうちの五階内部壁工事の瑕疵を既に修補した。
3 相殺
(一) 被告は、昭和四八年一〇月一九日、高松不動産から本件建物の一階部分の追加工事を代金八七五万円で請け負い、原告は、高松不動産から注文主たる地位を承継した。
(二) 被告は、原告に対し、右工事を完成させ引き渡したが、原告は、右追加工事代金の内金三〇〇万円を支払ったのみで、残金五七五万円を支払わない。
(三) そこで、仮に、被告の原告に対する金銭支払義務が認められるとしても、被告は、原告に対し、昭和五四年六月二五日の本件口頭弁論期日において、右追加工事残代金五七五万円の債権をもって、原告の債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について、(一)(1)の事実は認める。(一)(3)の事実のうち、本件建物の完成引渡が遅滞していたことは認め、その余は否認する。(二)の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。
3 同3(一)(二)の事実は認める。
五 再抗弁
1 錯誤
仮に、被告主張の和解が成立したとしても、被告は、原告に対し、赤字などないのに本件建物の建築工事において金六〇〇〇万円に昇る赤字が見込まれる旨申し述べ、原告は、その旨誤信し、被告に対する違約金の放棄等を含む和解を成立せしめたのであるから、被告主張の和解には要素の錯誤があり、無効である。
2 停止条件
仮にそうでないとしても、原告と被告は、右和解において、被告が原告に対し昭和四八年九月末日までに本件建物を完成のうえ引き渡すことを停止条件とする旨約していたのに、本件建物は同日までに完成引渡がなされなかった。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実はすべて否認する。
第三証拠《省略》
理由
一1 請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。
2 原告は、本件建物の完成引渡は昭和四八年一一月一九日であると主張するので考えるのに、少なくとも同年七月末日になっても本件建物が完成していなかったことは被告の自認するところである。
そして、《証拠省略》中には、原告の右主張に副う部分があり、《証拠省略》によれば、被告は、昭和四八年九月に入ってからも同年一一月一九日に至るまで、本件建物について四階K室バルコニータイル張り、各階サッシ取付、五階内装工事、タイル作業等の工事を継続していたこと、本件建物に関する消防関係書類等は昭和四八年一一月一九日に、本件建物の工事完了届、建物引渡書、鍵引渡書、維持管理注意事項等の施行関係書類は同年一二月二五日にいずれも高松不動産へ提出されたことが認められる。
しかしながら、《証拠省略》によれば、昭和四八年五月ころ、原告は被告のマンション部との間で本件建物の入居者募集に関して提携を結び、右両者は、その頃、入居日を同年八月一日と定めて入居者募集を開始したこと、右募集の一環として配布した入居募集広告には本件建物の完成予定時期は同年七月一五日と記載されていたこと、建築基準法による都庁検査官の本件建物の完了検査は、昇降機については同年六月、建築及び設備については同年七月四日にそれぞれ行なわれ、いずれも合格したこと、更に、高松不動産から本件建物建築工事について設計管理を委託されていた株式会社協立建築設計事務所(以下「協立設計」という。)は、同年八月一一日建築及び設備竣工検査を行なったこと、同年九月七日、原告も本件建物の竣工検査を行なっているが、施主の竣工検査は設計管理を委託された設計事務所が工事完成を確認し、引渡可能となった状況で行なわれるものであること、同年七月一〇日、本件建物の五階L室について原告と入居希望者との間で最初の賃貸借契約が成立し、以降同年七月中に四件、八月中旬に二件、九月中に四件契約が成立しており(本件建物の賃貸部屋数は一五である。)、同年七月一二日契約した竹内和夫は同年八月なかばに現実に入居し、他の者も同年九月に入ってから順次入居していったこと、原告が委託した管理会社である中央警備保障株式会社は、同年八月三一日ころまでには、本件建物の管理事務所に入って本件建物の管理にあたっていたこと、高松不動産は、被告に対し、昭和四八年六月一三日及び同年九月一三日、本件建物に関しそれぞれ追加工事を発注し、更に同年一〇月一九日、本件建物の一階部分の追加工事を発注したこと(同年一〇月一九日の追加工事の発注については、当事者間に争いがない。)、本件建物についてはかなりの手直し工事が行なわれたことが認められ(る。)《証拠判断省略》
以上認定した事実を総合して考えれば、被告は、昭和四八年八月中旬ごろから本件建物のうち完成した部屋を順次原告に引き渡して行き、同年九月末ごろには追加工事及び手直し工事を除き本件建物は完成していたものであり、同年一〇月以降被告は右追加工事及び手直し工事を行なっていたものと解するのが相当である。
したがって、《証拠省略》中、前記原告の主張に副う部分は採用できず、また、施行関係書類等は追加工事完成後に提出されるのが通常であるから、その提出時期に関する前記認定事実をもってしても、本件建物の完成時期に関する右認定を覆えすに足りない。
3 請求原因4(一)の事実について
(一) 本件建物について、別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載1、2、4、6ならびに3のうちの五階内部壁工事及び同階五〇一号室の風呂設備の瑕疵があったことは、当事者間に争いがない。
(二) 同表(一)記載5について、《証拠省略》によれば、本件建物の一階ロビーの天井のアルミモールディングの一部が他の部分に較べて若干白っぽく見えることが認められるが、いまだ瑕疵にあたるとまでは認め難い。
(三) 同表(一)記載3のうちの窓ガラス水滴附着については、室温外温の差により結露が生ずるのは通常の事態であること及び《証拠省略》によれば、原告は、窓ガラスの水滴について入居者から損害賠償を求められたこともないことが認められ、以上からすれば、右窓ガラスの水滴附着は瑕疵とは認め難い。
(四) 同表(二)記載の工事未施行部分について、《証拠省略》によれば、右未施行部分は、当初の本件建物工事請負契約には含まれておらず、昭和四八年二月、原告代表者が被告の社員中村に右部分についての工事を頼んだところ、検討してみる旨の返事があったのみで、以後何の音沙汰もないことが認められるので、右未施行部分についての工事契約が成立したことは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
二 抗弁1について
1 抗弁1(一)のうち、(1)の事実は当事者間に争いがなく、(2)の事実については原告が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。(3)の事実のうち、被告が本件建物の完成引渡を遅滞した事実は当事者間に争いがなく、原告が右(1)(2)の債務の履行を当時していない事実は、《証拠省略》により認めることができる。
2 右事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
本件建物は昭和四八年八月二〇日ころになっても全部は完成していなかったが、原告が完成遅滞による違約金や工事の瑕疵に関する責任を厳しく追及する姿勢を示したため、被告はそのころから工事を中止した。一方、原告は被告からの前記借金の返済をいまだしておらず、また、工事代金の支払方法は、昭和四七年八月末日から昭和四八年三月三〇日まで八回の分割払で、これを被告が立替払をすることとし、原告は被告に対し昭和四八年三月三〇日右立替金及びこれに対する日歩二銭五厘の割合による延払利息金八八八万三〇〇〇円を支払うこととし、原告は被告に対し右支払のため約束手形を振出していたが、いまだ決済をしておらず、さらに追加工事の代金についても合意に達していなかった。そこでこれらの問題を解決するため当事者間の話し合いをすることが早急に必要となり、原告及び協立設計の提唱により、昭和四八年八月二七日、原告代表者阪上、被告代理人中村、有馬及び和田、ならびに協立設計の辻及び竹村の七名が協立設計の事務所に集り、本件建物工事についての最終的打合せを行なった。その際被告が原告に対し、本件建物工事代金の支払を同年九月末日まで猶予するとともに、前記立替払方式によれば同日における延払金利は金一六六八万六〇〇〇円となるが、これを従前の同年三月三〇日における延払金利と同額の金八八八万三〇〇〇円に減額し、第一、二回の追加工事の代金見積りは約金五〇〇〇万円近いものであるが、これを第一回追加工事代金一五〇〇万円、第二回追加工事代金一六一〇万七〇〇〇円、合計金三一一〇万七〇〇〇円に割引く旨の申出をした結果、原被告間で、乙第一号証の打合票が作成され、出席者全員がこれに署名した。右書類には、工事代金支払日昭和四八年九月末日、工事代金三億三五〇〇万円、土地代金一億一〇〇〇万円、追加工事及び諸金利金五〇〇〇万円合計金四億九五〇〇万円、変更工事増減の件、違約金の件、クレームの件(外壁タイル、サッシュの補修、ジュータン)は上記に含むものとするとの記載があり、さらに、保留事項として、一階変更工事については、八月二九日午前一〇時に設計事務所にて、金額、工期について打合せする、五階テナントの打合せは、和田課長が至急するとの二事項が記載されている。
以上のとおり認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告と被告は、昭和四八年八月二七日、相互に譲歩して、被告は延払金利や追加工事代金を減額し、その結果、原告は、被告に対し、昭和四八年九月末日限り前記借金一億一〇〇〇万円及びこれに対する同日までの利息金一〇〇一万円、本件建物工事代金立替金三億三五〇〇万円及びこれに対する延払利息金八八八万三〇〇〇円ならびに追加工事(第一、二回)の代金三一一〇万七〇〇〇円、以上合計金四億九五〇〇万円を支払うこととし、一方、原告は被告に対し、本件建物工事完成遅延による違約金請求権を放棄するとともに、本件建物についての別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載1、4、6の工事の瑕疵については被告の責任を免除する旨の合意(和解)に達したものと解するのが相当である。
三 抗弁2について
原告が、別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載2及び3のうちの五階内部壁工事の瑕疵を修補したことは、《証拠省略》により、これを認めることができ、この認定に反する《証拠省略》は、前記各証拠に照らし、また、《証拠省略》によれば本件建物の引渡を受けた後に外壁タイルが割れたこともあることが認められるので、採用できない。
四 再抗弁について
1 《証拠省略》によれば、前記認定の昭和四八年八月二七日の話合いの際、被告側から、本件建物の建築工事に関し約金五〇〇〇万円位の赤字が出ているが設計変更のこともあるので、原、被告で折半にしようといった趣旨の発言がなされたことが認められるが、右発言の内容が虚偽であったことを認めるに足りる証拠はないのみならず、前記認定のとおり、被告も延払金利や追加工事代金を減額する方法で譲歩して和解が成立したものであるから、右和解に要素の錯誤がある旨の原告の主張は採用できず、再抗弁1は理由がない。
2 《証拠省略》によれば、前記認定の昭和四八年八月二七日の話合いの際、被告は本件建物を同年九月末日までに完成させる旨の話合いがなされたことが認められるが、同日までに本件建物を完成させることが前記認定の和解の停止条件とされたことを認めるに足りる証拠はないのみならず、本件建物は同日ごろには追加工事及び手直し工事を除き完成していたこと前記認定のとおりであるから、再抗弁2も理由がない。
五 以上によれば、被告は、原告に対し、本件建物について別紙工事瑕疵等一覧表(一)記載3のうち五階五〇一号室の風呂設備の瑕疵(浴槽が左右反対に取り付けられているという瑕疵)を修補する義務がある。
ところで、原告は、右瑕疵修補義務の履行を求めるとともに、被告が右義務を履行しない場合に、右瑕疵修補に代る損害賠償をも求めているので、この点につき判断するのに、民法六三四条によれば、仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者に瑕疵修補請求権と修補に代わる損害賠償請求権の二つの権利を与え、注文者にそのいずれかを選択しうるように定めているのであるが(もっとも、修補をしてもなお生ずる損害がある場合には、修補請求権とともに損害賠償請求権を併せて有する。)、注文者が瑕疵修補請求権を選択し、その履行を訴求している場合には、修補請求権の行使を撤回しないかぎり、修補に代わる損害賠償請求権を行使しえないものと解するのが相当である。修補を命ずる判決が確定してもなお被告たる請負人がこれを履行しない場合には、原告たる注文者は、いわゆる代替執行をすることができる筋合であり、右のように解しても注文者に支障をきたすものではないのみならず、これに反し、修補請求権を行使するとともに、将来、注文者が右行使を撤回して選択する損害賠償請求権をも同時に行使しうるものと解すれば、相殺の抗弁等の請負人の防禦の機会を奪うことにもなりかねず、請負人に支障をきたさないともかぎらないからである。
六 よって、原告の本訴請求は、右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 上田豊三 太田和夫)
<以下省略>